記念日

7年前といえば、世の中がミレニアムで沸き返った西暦2000年である。2000年は私の干支である辰年であり、私は年男であった。当然、大きな期待と希望に満ちた正月を迎えており、新しい事業計画がスタートしたばかりで、私は先頭に立って目標達成に向けて走り出したところであった。  そんな2000年1月7日に一本の電話が私宛にかかって来た。それは、私が生まれて初めて人間ドックを受診した病院からであった。その前年、毎年受診していた春の会社の健康診断を仕事で受診することができず、春を逃した人の為に行なわれる秋の健康診断の機会も同じように仕事で逸してしまった私は、年末に近くの病院の人間ドックに初めて行くことにしたのである。「病院からの電話?何?まさかがんなんて言わないだろうな。」と周りにいた社員に笑顔で冗談を言いながらその電話に出た。「直接お話したいことがありますので、今から病院に来ていただけませんか?」という先生の声。嫌な予感が背筋を走る。私は病院に急いだ。  病院に着くと先生が待っていた。「別室にどうぞ。」といつも入ったことのない部屋に通された。もう頭の中では、「がん」という文字が駆け巡っていた。先生は「私が見た限りでは、早期だろうと思うので貴方に直接お伝えしますが、胃がんです。総合病院の先生に紹介状を書きますから家族の方に連絡してすぐに精密検査を受けて下さい。」と私に告げた。その後も先生は詳細な説明を私に続けた。先生によれば、通常の人間ドックのメニューでは発見できなかったのだという。当時話題になっていたピロリ菌の検査をドック受信中に私が閃いてオプションで追加したのだが、その中で先生が念を入れて実施した生検によって運良く発見したということであった。先生は「貴方はおそらく強運の持ち主だと思います。他の医師であれば生検はしなかったかもしれない。私は、貴方と同年代ですから念のために生検をしたのです。だから前向きに考えて下さい。」と励ましてくれた。  しかし、洒落ではないが、まさに頭の中ではガ~ンと音がした。だが、私は「俺のことだから助かるはず。」と何の根拠も無い確信を持っていたし、「もし死んだらそれだけの男だったということ。もしこの世に必要な男であれば生き残れるはず。」とむりやり考えるようにした。そう思い込むと不思議なことに恐怖の中にも少しづつ希望が湧いてきた。  すぐに紹介状を持って近くの総合病院に行った。しかし、総合病院では外科といってもがんだけを手術している訳ではないので、手術は2月の末になるという。とても2月末まで待てないので、東京の国立がんセンターに知り合いの医師から紹介状を書いてもらって精密検査を受ける手配をした。1月末に精密検査を受け、その結果を見てから2月14日~15日には手術を受けることが出来るという。その精密検査の結果が出るまでの時間が実は恐怖との闘いであった。そして、2月13日に入院。2月15日に手術を受けた。3時間30分を超える手術であった。手術は無事成功した。そんな訳で2月15日は、私にとっては人生でも忘れることの出来ない一日なのである。    しかし、2月15日は私にとって『手術に成功した記念日』だけではない。実は、もうひとつの大切な日なのである。  8年前の2月15日、私は朝8時前から会社のトイレ掃除を始めた。鍵山秀三郎イエローハット相談役のトイレ掃除のビデオを研修会で観たことがきっかけであった。それ以来、病気や出張などで会社に居ない時以外は一度たりともトイレ掃除をしなかった日は無い。その後ご縁をいただき、鍵山相談役に度々直接ご指導をいただく機会に恵まれることになったが、トイレ掃除を始めた頃は当然全く面識はない。鍵山さんから直接ご指導をいただきたいという強い思いは実現したのである。  従って、2月15日は、私の『トイレ掃除記念日』であり、鍵山秀三郎という人生の師とも言える素晴らしい経営者との出会いのきっかけが生まれた日なのである。今後も2月15日が来るだびに生きていることの喜びを噛み締め、貴重な出会い、ご縁に対する感謝の気持を再確認しながら決して傲慢になることなく生きていきたいと思う。 平成19年3月1日